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高松地方裁判所 昭和33年(ワ)9号 判決 1961年11月07日

原告 常盤産業株式会社

被告 国

訴訟代理人 大坪憲三 外三名

主文

原告の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、

第一次請求として、「被告は原告に対し金百四十一万六千五百九十円九十四銭並びに内金二万五千四百七十一円四銭に対しては、昭和二十三年九月一日より、内金六十万三千三百五円二十銭に対しては昭和二十三年九月二十五日より、内金七十八万七千八百十四円七十銭に対しては昭和二十三年十月二日より、夫々昭和三十年六月三十日までは金百円につき一日金四銭の割合、同年七月一日より完済に至るまでは金百円につき一日金三銭の割合による各金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

予備的請求として、「被告は原告に対し金百四十一万六千五百九十円九十四銭及びこれに対する昭和二十三年十月二日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

(一)  第一次請求の請求原因として、

原告会社は和洋紙の製造販売を業とする株式会社であるところ、高松税務署長は昭和二十三年七月十日頃原告会社に対し、別紙第一表記載のように、原告会社が昭和二十三年二月四日より同年六月十一日までの間に製造場より移出した(イ)仙貨紙二号合計一万五千四百十二貫八百匁及び(ロ)京花紙二号合計二万二千二百二十締につき、現実の販売価格(いわゆる闇価格)を課税標準として、物品税額を合計金百七十八万七千八百十四円七十銭とする物品税賦課処分をした。そこで、原告は右処分に基き、(イ)昭和二十三年八月三十一日金百万円、(ロ)同年九月二十四日金六十万三千三百五円二十銭(追徴金)、(ハ)同年十月一日金七十八万七千八百十四円七十銭、以上合計金二百三十九万千百十九円九十銭を納付した。しかし当時機械漉和紙については販売価格の統制額が指定されていたものであるところ(昭和二二年一〇月九日物価庁告示第八四七号参照)、物品税法第三条にいう価格即ち物品税課税標準価格は、統制額の定めのある物品についてはその統制額がこれにあたるものと解するを相当とするから(原告会社に対する物品税法違反被告事件についての最高裁判所昭和三一年五月一〇日判決参照)、前記仙貨紙及び京花紙に対する物品税額は、その統制額(製造業者基礎価格)を課税標準価格とするときは、別紙第二表記載の通り金九十七万四千五百二十八円九十六銭が正当である。従つて原告会社が物品税として前記のように、(イ)昭和二十三年八月三十一日納付した金百万円より右正当税額金九十七万四千五百二十八円九十六銭を控除した残額金二万五千四百七十一円四銭、(ロ)同年九月二十四日納付した六十万三千三百五円二十銭、(ハ)同年十月一日納付した金七十八万七千八百十四円七十銭、以上合計金百四十一万六千五百九十円九十四銭は、原告会社において納税義務がないのに国へ納付したこととなり、国税徴収法(但し昭和三四年法律第一四七号による改正前のもの、以下同じ) 第三十一条の五以下にいわゆる過誤納金に該当するから、同法施行規則第三十一条の五に基き被告国は原告会社に対し、右過誤納金を右国税徴収法所定の還付加算金を加算して還付すべき義務がある。よつて原告会社は被告に対し右過誤納金百四十一万六千五百九十円九十四銭並びに内金二万五千四百七十一円四銭に対しては前記(イ)の納付日の翌日たる昭和二十三年九月一日より、内金六十万三千三百五円二十銭に対しては前記(ロ)の納付日の翌日たる同年九月二十五日より、内金七十八万七千八百十四円七十銭に対しては前記(ハ)の納付日の翌日たる同年十月二日より、夫々昭和三十年六月三十日までは金百円につき一日金四銭の割合、同年七月一日より完済に至るまでは金百円につき一日金三銭の割合による各還付加算金の支払を求めるものである。

(二)  予備的請求の請求原因として、

仮に右(一)の過誤納金返還請求が容れられないとしても、前述のように統制額の定めのある物品に対する物品税は、その統制額を課税標準価格として課せられるべきであるから、高松税務署長がなした前記物品税課税処分中統制額を超える部分に対する課税は、物品税法第三条の解釈を誤つた重大な違法があり、法律上当然に無効というべきである。従つて原告会社が前記のように納付した物品税額合計金二百三十九万千百十九円九十銭と前記物品の統制額を基準として算出した税額金九十七-万四千五百二十八円九十六銭との差額金百四十一万六千五百九十円九十四銭は、被告国が法律上何等の原因なくして不当に利得したものというべきである。よつて原告会社は被告に対し右金百四十一万六千五百九十円九十四銭及びこれに対する前記金員納付後である昭和二十三年十月二日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。

と陳述した。

立証<省略>

被告代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、原告主張事実中原告会社が和洋紙の製造販売を業とする株式会社であること、高松税務署長が原告主張のような物品税課税処分をなし、原告会社が原告主張の日に原告主張のように被告国に対し物品税として合計金二百三十九万千百十九円九十銭を納付したことはこれを認めるも、その余の事実を争う。原告の本訴過誤納金返還請求または不当利得返還請求は、本件物品税課税処分の一部が当然無効であることを前提としてのみ許容される筋合のものであるところ、本件課税処分の一部が原告主張のように当然無効であるとはいえない。即ち

(一)  物品税法第三条にいわゆる「製造場ヨリ移出スル時ノ物品ノ価格」の解釈については、従来右価格は個々の実際の販売価格であるとする実売価格説と、適正な市場価格即ち時価であるとする抽象価格説との両説が存していたが、物品税法施行当時より昭和二五年政令第三六〇号により物品税法施行規則が改正されるまでは、課税当局は一貫して実売価格説に従い物品税を課税していたものであり(昭和一六年一二月二六日大蔵省主税局長通牒「物品税取扱方ニ関スル件」参照)、本件賦課処分も実際の販売価格を課税標準として課税されたのであつて、何等違法はない。

(二)  仮に実売価格を課税標準とすることが不当であつて、抽象価格説に従うことが正当であるとしても、抽象価格説は通常の卸取引形態の下における適正な市場価格(時価)をもつて課税標準の基礎とする考え方であり、統制限のある物品についてはその物価統制の体系が現実に維持されている社会状勢の下においては勿論統制額がその基準となるのであるが、本件課税処分当時の紙業界においては、原料統制のため統制価格により取引される製品の生産力は微々たるもので、その生産のみでは到底市場の要求を満たすことができなかつたのみならず、僅少な統制品の製造販売のみでは到底事業の経営は困難な状態にあり、製紙業者はいわゆる闇原料の購入に狂奔し、闇原料により製造された闇価格の紙が一般市場に出廻り、当時の紙の取引市場においては、公定価格は維持されて居らず、闇価格による取引が支配的であつた。右のような傾向は香川県下有数の大企業としての原会社が統制額を遵守していなかつた事実からしても容易に推認されるところであり、右のような取引事情からすれば、原告会社の本件販売価格はむしろ当時の一般市場価格と見られるのであつて、いわゆる抽象価格説を本件課税に適用しても、その結果は実売価格説をとる場合と少しも異るところはない。

(三)  仮に百歩を譲つて本件課税につき統制額を課税標準価格とすべきであつたとしても、本件課税処分は十分な理論的根拠に基いてなされたもので、物品税法第三条にいわゆる価格の解釈は極めて微妙且つ困難であるから、本件課税処分をもつて重大且つ明白な瑕疵があるものとして、当然無効な行政処分ということはできない。

(四)  なお国税徴収法第三十一条の五にいわゆる「過誤納に係る国税」とは、過納及び誤納の国税をいうものであるところ、過納に係る国税とは、納付のときにおいてそれに対応する租税債務が存在していたが、その後課税処分の取消等により納付額が徴収決定額を超過することとなつた場合の超過税額をいうのであり、また誤納に係る国税とは、租税債務が存在しない場合の納付済額または確定した租税債務の額を超過して納付された場合における当該超過額をいうのであるところ、本件賦課処分については、その処分が取消された事実もなく、また当時具体的に租税債務が確定していたのであるから、過納または誤納に係る国税ということはできない。

これを要するに、本件物品税賦課処分は適法であるが、仮に、原告主張のように物品税法の解釈を誤つた違法があるとしても、その瑕疵は未だ重大且つ明白なものとはいい得ないから、右処分が当然無効であるとはいえず、従つて無効でない以上該処分が取消されない限り本件過誤納金返還請求または不当利得返還請求はいずれも理由がない。と陳述した。

立証<省略>

理由

(一)  当事者間に争のない事実

原告会社が和洋紙の製造販売を業とする株式会社であること、高松税務署長が昭和二十三年七月十日頃原告会社に対し別紙第一表記載のように原告会社が製造場より移出した仙貨紙(二号)及び京花紙(二号)につき現実の販売価格を課税標準として、原告主張のような物品税賦課処分をしたこと(以下単に本件賦課処分と称す)、並びに原告会社が右処分に基き原告主張のように物品税を納付したことは、いずれも当事者間に争いがない。

(二)  本件物品税賦課処分の効力について

本件過誤納金返還請求または不当利得返還請求は、後に説示するように、本件賦課処分の一部(統制額を超える価格に課税した部分)が当然無効である場合にはじめて認容されるものというべきであるから、先ず本件賦課処分の効力について検討することとする。

本件賦課処分は前記のように課税対象物品の現実の販売価格を課税標準として、即ち物品税法第三条第一項にいわゆる「製造場ヨリ移出スル時ノ物品ノ価格」とは、個々現実に取引された価格、すなわち実売価格がこれに当るとの解釈(いわゆる実売価格説)を前提としてなされたものであること明らかであるところ、本件賦課処分の対象となつた仙貨紙及び京花紙については、当時販売価格の統制額が指定されていたこと昭和二二年一〇月九日物価庁告示第八四七号に照し明らかであり、また本件賦課処分後約八年を経過した昭和三一年五月一〇日に至つて、最高裁判所第一小法廷が、原告会社に対する物品税法違反被告事件の上告審判決(最高裁判所昭和二六年(れ)第二三三四号事件)において、「原審高松高等裁判所が、物品税の課税標準価格は、通常の取引形態及び取引事情における価格、従つて適正な市場価格または取引価格でなければならないものであつて、本件物品(仙貨紙二号及び京花紙二号)については該統制額を課税の標準価格とするを妥当と解する旨判断したのは正当である、」と判示したことも明らかである(最高裁判所刑事判例集第十巻第五号六五四頁参照)。従つて右最高裁判所の判例よりすれば本件賦課処分は物品税法第三条第一項にいう「価格」の解釈を誤つて物品税の賦課をなしたこととなり、その点において違法のものといわなければならない。

しかしながら本件賦課処分に右のような違法の点があつたとしても、本件賦課処分中統制額を超える価格に課税した部分が果して法律上当然に無効であるか否かはさらに検討を要するところである。

そこで以下右の点につき考察を進めるに、

(1)  本件賦課処分当時において、物品税法第三条第一項にいう「製造場ヨリ移出スル時ノ物品ノ価格」の解釈ないし認定を如何にするかについては、物品税法自体に何等の規定もなく同法第三条第二項に「前項ノ価格(中略)ニ関シ必要ナル事項ハ命令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定されていたが、この命令に椙当する当時の物品税法施行規則には僅かにその第十一条をもつて、販売価格には当該物品の容器の価格を含む旨規定されていたにとゞまり、同規則が昭和二五年政令第三六〇号によつて改正されるに至るまでは、他に何らの規定がなく、その解決はもつぱら物品税法第三条の解釈に委ねられていたこと、殊に統制額の定めのある物品についての物品税課税標準価格を如何にすべきかにつき解釈の指針ないし方向を与えるような裁判所の判決例も未だあらわれていなかつたこと、(もつとも、前掲昭和二二年一〇月九日物価庁告示第八四七号機械漉和紙の販売価格統制額指定中に販売条件七として、「この表の統制額は物品税法により課税されるものについては物品税を含むものとする。(後略)」との規定があるけれども、これは、単に物品税の課税対象たる物品が統制額によつて取引される場合には、その統制額は物品税を含んだ額とする旨を注意的に明らかにしたにとどまり、統制額の定めのある物品についての物品税課税標準価格が統制額による旨を明定したものとはいえないし、またかかる趣旨に解することを前提とした規定であるとも解せられない。)

(2)  本件の和紙は昭和一六年法律第八八号により物品税法第一条第一項第二種丙類三十八として物品税課税物件に加えられたものであるが、成立に争のない乙第一、第三号証、同第四号証の二及び同第五号証を綜合すれば、大蔵省主税局長は昭和一六年一二月二六日秘第八三七号をもつて、「第二種ノ物品ニ対シテハ公定価格又ハ協定価格等ニ拘ラズ実際ノ販売価格ニ依リ課否ヲ判定シ之ニ課税スヘキモノトス」と通牒し(物品税取扱方ニ関スル件第四八項)、以後税務当局は、昭和二五年の前記物品税法施行規則の改正に至るまで終始一貫して右通牒に依拠し、いわゆる実売価格説に従い、統制額の定めのある物品についても現実の取引価格を課税標準として物品税を賦課して来たこと、並びに本件賦課処分のなされた当時において四国における和紙製造業者は現実の取引価格を基準にした納税を一般に行つていたことを認めることができること(右認定を左右するに足る証拠はない)。

(3)  物品税が物税であるという意味においては、その課税標準価格は、個々現実になされた取引の価格ではなく、当該物品の有する客観的価値によるとすることが正当であろうけれども、物品の客観的価値とは一般には時価がこれに相応するものと考えられるところ、通常の取引においては個々現実の具体的価格こそ時価の正当な反映とみられるから、物品の客観的価値の把握もまた結局個々現実の取引価格と無関係にこれをすることができないこと、殊に、取引社会における物品の品質、種類、その取引形態は極めて複雑、多様であつて、この複雑性、多様性が時価に反映していないとも限らないから、物品の客観的価値ないしは時価の具体的把握が課税技術上多大の困難を伴うものであることは否定し難く、一方税法上の評価は、課税のもつ行政技術的性格からしてその手段、方法において比較的容易、確実になされ得るものであることが必要であり、かかる技術的要請は物品税法第三条の解釈にも妥当するものであること。

(4)  統制額の定めるある物品につき、現実の取引価格(すなわち闇価格)を物品税課税標準とすることは、国が価格統制の面において闇価格を否定しておきながら、税法の面において闇価格を半ば是認するような格好となり、一見不合理のようであるけれども、税法と統制法規とはその法の目的および性格を異にしているのみならず統制額を基準として課税するときは、不正な業者に不当な利得を得させる結果となるから(いわゆる闇価格は統制額を上廻るのが通常である)、現実の取引価格を基準として課税すべきであるとの見解も必ずしもこれを謬説として一蹴することはできないこと。

などの諸点を彼此考え合せると、高松税務署長が比較的容易確実に把握し得る個々現実の取引価格をもつて物品税課税標準とするいわゆる実売価格説に従つて本件賦課処分をなしたことは、理論的にも実務的にも相当の根拠を有していたものといわざるを得ない。そうだとすれば、本件賦課処分は、前掲最高裁判所の判例を是認する限り、物品税法第三条にいわゆる「製造場ヨリ移出スル時ノ物品ノ価格」の解釈を誤つた違法があることに帰し、その瑕疵は相当重大であることは否定できないけれども、前敍説示に照しその処分当時において明らかに法律の解釈適用を誤つたものとは云い難いから、その瑕疵は未だ明白なものということはできない。(行政処分はたとえ違法であつても、その理疵が重大且つ明白な場合でない限り、これを当然無効と解すべきでないこと、最高裁判所屡次の判例の示すところである)。従つて本件賦課処分中統制額を超える価格に課税した部分が法律上当然に無効であるとはいえない。

(三)  過誤納金還付請求について

原告は、本件賦課処分に基き納付した物品税等中統制額を基準とした税額を超える部分は、「過誤納金」に該当する旨主張するところ、課税処分に基き納付した金員が国税徴収法にいわゆる「過誤納金」(昭和三四年法律第一四七号による改正前にあつては第三十一条の五以下、右改正後においては第百六十一条以下)に該当するためには、当該賦課処分が単に違法であるというだけでは足りず、該処分が違法なものとして取消または変更されるか、あるいは該処分が法律上当然に無効とされる場合であることを要し、そうでない限り課税処分に基く納付金につきこれを過誤納金として還付請求をなすことは許されないと解するのが相当である。そうだとすれば、本件賦課処分に前述のような違法があつたとしても、本件賦課処分が取消されまたは変更されたことを認めるに足る資料は何等なく、また本件賦課処分中統制額を超える価格に課税した部分が法律上当然に無効であると断ぜられないこと前敍説示の通りであるから、本件過誤納金還付請求は、その余の点についての判断をなすまでもなく、理由がないといわなければならない。

(四)  不当利得返還請求について

原告は、仮に過誤納金還付請求が理由がないとしても、民法第七百三条以下の規定に基き被告国に対し不当利得返還請求権を有すると主張する。しかし課税処分に違法があつたとしても、該処分が法律上当然に無効であるか、あるいは該処分が取消または変更されない限り、該処分に基き課税当局が徴収した金員が法律上の原因を欠き不当利得を構成するものとは解し難いところ、本件賦課処分中統制額を超える価格に課税した部分が法律上当然無効のものとは見られないのみならず、右処分が取消または変更された事実も認められないこと前敍の通りであるから、予備的請求である不当利得返還請求もその余の点についての判断をなすまでもなく、失当たるを免れない。

(五)  結論

以上説示した通り原告の本訴各請求は、いずれも理由がないというべきであるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 浮田茂男 原政俊 小瀬保郎)

第一表および第二表<省略>

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